SOLAR
QUEEN
全巻解説
新米トレーダーの成長と
冒険の物語
邦訳された「大宇宙の墓場」「恐怖の疫病宇宙船」と、未訳分の5巻を合わせた<太陽の女王号> シリーズ全7巻を簡単に紹介します。
4巻と5巻の刊行年度が20年以上離れているので、細かいガジェットやキャラクターにいささかの変化はみられますが、もっとも大きな違いを感じるのは「女性」キャラクターの登場です。初期の4巻にはスぺオペにつきものの「肌もあらわな美女」どころか、みごとなほどに女っ気がありませんでした。
後期作品もロマンスに傾倒することはなく、通商員の冒険譚というコンセプトは変わっていません。
基本設定はSFですが、作者のアンドレ・ノートン自身が述べているように、ハードサイエンスではなく、登場人物が状況にどのように対処していくか、というストーリーを楽しみたい作品です。
今から65年ほども前に生みだされた主人公デイン・ソーソンは、現代日本のコミックや小説における主人公の原型といえるかもしれません。SFのヒーローといえば筋肉モリモリの戦士や特殊能力を持つスーパーマンであった時代に、ときにヘマをやらかす『ごく普通の青年』が主人公という点が、読者にとって共感しやすかったかと思います。
また、特に正義を守るというような大儀をふりかざすこともない宇宙の貿易商人という設定も、魅力のひとつです。それでいてきっちりとした価値観が根底にあり、ジュヴナイルという範疇でくくられてしまうのは残念に思えます。
個性豊かな乗組員とともに、数々の危機を乗り越えて成長していくデイン・ソーソンの物語が、7巻で完結したのはうれしくもあり、またさみしくもあります。
※各巻のカバーは多種ありますが管理人所有のものを掲載しています
カバーギャラリーのページも用意しましたのでmenuバーからお入りください
1. SARGASSO OF SPACE
邦訳版:「大宇宙の墓場」(古書)
英語版: ハードカバー
ペーパーバック
Kindle(電子書籍)
All The Queen's Men1として
"Sargasso of Space" を収録した
バージョンの電子書籍あり
宇宙の貿易を担う通商員を目指し訓練所を出た主人公デインソーソン。しかし配属されたのは、貿易の大手企業ではなく、わずかな通商権に一攫千金の夢を託す業界の低辺層・自由貿易業者(フリートレーダー)の船だった─。
12人のクルーの顔見せ興行を兼ねたシリーズ幕開けは、星間パトロールにさえ一目置かれているワイルドな男たちというふれこみだけあって、貿易よりは熱線銃をふりまわさねばならないような未踏の地の冒険といったほうがいいストーリー展開になっています。
初出が65年ほども前の作品なので、一部の設定や小道具などに古めかしさを感じるのは否めませんが、職業判定マシン「サイコ」や、惑星ひとつがまるごと売りに出されるというオークション、濃霧の辺境惑星リンボーの迷路からの脱出劇など、見どころは多々あります。
また、登場するキャラクターの輪郭がはっきりしていてイメージがつかみやすいのも、とっつきのいい点だと思います。有能でイケメンのアリ・カミルと、新米ゆえに卑屈になりがちなデインの対比はほえましく、女性読者を刺激しそうです。
オーソドックスな冒険ものであるせいか、一時「アニメ化される」という噂がネットに上がりました。噂で終わってしまったのが残念でなりません。
2. PLAGUE SHIP
邦訳版:「恐怖の疫病宇宙船」(古書)
英語版: ハードカバー・ペーパーバック・Kindle
朗読版: ①Audible 版(amazon)
②プロジェクトグーテンベルクによる無料版
(public domain=知的財産権消滅につき)
ともにダウンロード形式
All The Queen's Men 2として
"Plague Ship"を収録したバージョンの電子書籍あり
シリーズ全巻を通して、米国のファンも含め一般読者の評価が最も高いのがこの2巻です。
主人公が外交係という設定が存分に生かされ、1巻では上官について回っていた感があった若手3人組の活躍が見どころで、個人的にもイチオシです。
著者が「最初からシリーズものにするつもりだった」というだけあって、1巻からの伏線をきっちり受けています。猫のシンバッドや怪しげな宇宙生物クィークスが、単なるペットにとどまらず、ちゃんと活躍の場面が割り当てられているのも見のがせません。
単純明快であるがゆえにジュヴィナイルという評価を受けているノートン作品ですが、この巻では法と正義は必ずしも正しく行使されるわけではなく、社会的地位の低い者には、ともすれば不当にはたらくのだという問題が提起されています。
蛇足ですが、邦訳版の表紙イラストは内容の具象化ではなくイメージで、話の中に女性は出ていません。
この巻の英語版はpublic domainとなり、プロジェクト・グーテンベルクから書籍版・朗読版ともに無料でダウンロードできます。you tubeにもアップされています。
朗読版は読み手によって印象がちがってきますが、管理人が個人的に奨励するのはプロジェクトグーテンベルクのMark Nelson氏のバージョンです。
3.VOODOO PLANET
英語版: ペーパーバック・Kindle
朗読版: ①Audible 版(amazon)
②プロジェクトグーテンベルクによる無料版
(public domain=知的財産権消滅につき)
ともにダウンロード形式
All The Queen's Men3として "Voodoo Planet"
を収録したバージョンの電子書籍あり
英語版は60P余りの中篇で、2作目の"PLAGUE SHIP" や <女王号>シリーズとは別個の"STAR HUNTER" という作品と抱き合わせてのダブルブックバージョンで出版されました。現在はシングルで出ているものもあります。
200ページ程度はある1・2巻と比べて、若干文字が詰まっていることを差し引いてもこの作品はとても短く、それが邦訳版が出なかった一因かもしれません。
主要キャラクターはデイン、タウ、ジェリコという異色の組み合わせで、残念ながら他のクルーは、猫のシンバッド以外名前さえ出てきません。スピンオフとまではいかないものの、船医のタウが軸になった作品といえます。
舞台は未開のアフリカのような惑星Khatka(カカ)で、魔術を趣味にしているタウと、現地の怪しげなウィッチドクターLumbrilo(ランブリロ)との幻術対決が描かれてかれています。
舞台が密林で、危険な獣も多数登場しアクションも多いですが、むしろ幻想味が濃いという印象で、同じノートン作品の「魔法の世界エストカープ」の4巻を連想します。
この巻も、プロジェクト グーテンベルクから書籍版・朗読版ともに無料でダウンロードできます。
4.POSTMARKED THE STARS
英語版: ハードカバー
ペーパーバック
2巻の終わりでしばらく出張ということになったヴァン・ライクに代わって、デインが貨物主任を務めるという、主人公ファンにとってはうれしい設定。
舞台の幕開けは3巻と同じく惑星ゼコー。そこから郵便業務に就いた<女王>号の船内を経て極寒の星トルウスワールドへと移っていきます。
主人公とともに活躍するのは、タウと地元レンジャーのMeshler(メシュラー)、そしてミュータント化によって知性をもった猫のような生物brach。この動物に対するデイン・ソーソンの接し方は、同じノートン作品の "CAT’S EYE”(邦題「猫と狐と洗い熊」)を想起させます。
イントロ部分はデイン・ソーソンの偽者が出るなどミステリー風の展開。冬の惑星トルウスワールドの移民を脅かすモンスターや、異星人の一味を相手に、アクションの多い、前期シリーズの中では最も長い作品となっています。
物語の最後には、<女王>号の他にもう一隻宇宙船を所有するだろうということがほのめかされているのですが、20数年後の後期シリーズではいささか事情がちがってきたようです。
この巻に出てくる謎の鉱石と、2巻で候補生たちが飲まされたサーゴルの酒による「変化」が、後期の6、7巻のストーリーの展開にからんできます。
5. REDLINE THE STARS
英語版: ハードカバー
ペーパーバック
※P. M グリフィンとの共著
「これは読んではいけない」とか、「シリーズとは別物」とか、中にはゴミ箱行きにした人もいるという、アメリカの一般読者の評判がおそろしく悪い1冊。米国アマゾンのレビューでも星マークは極端に少ないため、なかなか手を出す気にならず、シリーズ中1番最後に読んだ本となりました。
不評の原因はラエル・コフォートとジェリコ船長のロマンスに対する反発か、話の中心がデインではないということからか…ともあれ、読まないと話が4巻から6巻につながらないので、読んではみました。
前巻のラストで<女王>号クルーのものになったはずの船は、なんともあっけなくかれらの手から離れてしまい、ちょっと納得がいきません。
冒頭部、クルー全員が一堂に会した場面に始まり、ひとりひとり紹介されると共にジェリコやヴァン・ライクのファーストネームも初公開され、20数年のブランクに対するファンサービスが見られたのはよかったし、そこそこデインにも見せ場はあったのですが。
管理人の英語力不足に加え、先入観に支配されたせいもあってのめり込めない1篇でした。
6. DERELICT FOR TRADE
上記の5巻に比べると、6、7巻はおおむね評判がよいようです。
1巻から数えると40余年後に出た続編なので、時代とともに船内の装備や小道具も進化し、クルーの船内生活レベルも上がっています。
キャラクターも全体にソフトな今風になったという印象ですが、ちゃんと前期シリーズの延長上にあり、破綻していない(と私は感じましたが)ことが支持される理由かもしれません。
しかし、キャラクターたちの時間は40年も進んでおらず、デインはおそらくまだ20代のせいぜい半ばではないかと思います。ただ、なんとなく大人びて、落ちついた印象でした。なにしろ、トゥーイという女性見習い生を部下にもつ上司の立場になったのですから。
5巻からクルーとなった女医のラエル・コフォートに加え、2匹の雌ネコをはじめ、舞台となる人口居住地<エクスチェンジ>に住む女性異星人も多数登場し、前期シリーズの男性オンリーの世界からかなりの様変わりを見せています。
もっとも大きな変化は描写の形式で、デインの一人称に置き換えて語れそうな初期作品と異なり、より客観的な記述になっていて、ときにリップ、ときにラエルなど他のキャラクターの内面が描写されています。そのため、読み始めは少々とまどいましたが、第三者から見たデインソーソン、とりわけラエル女史のかれに対する評価が楽しく読めました。
多様な重力空間で構成される交易都市<エクスチェンジ>は、SFXやCGなどを駆使した米国映画向きという印象です。これまで未開の地を舞台にすることが多かったこのシリーズも、時代の変化を見せていると感じました。
この巻に登場する異星人カンドイズの外見は戦国武将のイメージで、「武士道」「浪人」などという言葉が用いられており、ノートン女史の日本への興味がうかがい知れて、日本人ファンとしてはついニンマリしてしまいます。
7. A MIND FOR TRADE
6巻と7巻はそれぞれ独立した話としても読めますが、タイトルから推察できるように、シリーズの中での前後編と位置づけたほうがいいようです。
前巻で<ノーススター>号という新しい船を得たことによって、状況に応じてクルーが二分されます。
リップを中心とした若手クルーは、<女王>号に乗り込んで惑星HespridⅣに降り立ち、シエラナイトという鉱石の採掘にあたります。が、厳しい地形や気象条件に加え、Floaterと呼ばれる恐ろしい生物まで現れます。さらに、この惑星に取り残されていた<ノーススター>(旧船名<アリアドネ>)の乗組員との間で所有権の問題も浮上する展開に─。
いっぽう、宇宙空間ではシニアメンバーが鉱石をねらう海賊と対峙します。
そしてもうひとつ重要なのが、2巻でサーゴルの儀式の酒を飲んだ4人が ”psi link”という精神感応力をもつこと。これは6巻からすでに兆候があったのですが、セルフコントロールができず、みな当惑します。
その能力にからんで、「クレーター戦争」の傷を背負ってきたアリの心の遮蔽がとり払われるというドラマも織り込まれています。
アリだけでなく、<女王>号に乗り組む以前の他のクルーのエピソードも挟みこまれているので、そのあたりもなかなか興味深いところです。
この巻の冒頭ではデインは貨物主任になっており、また最後にはシャノン船長も誕生し、かれらの見習い期間にピリオドが打たれたことを告げています。